刑事事件としてバイク窃盗体験談

オートバイへのあこがれ

バイク

新潟から上京し伯母の家に居候する事になった頃の事です。
高校から祖父の代からの家業でもあった治療家としての道を歩むため三多摩地区のとある街に住む事になった私は、将来の為と父を説得し、まずは普通自動車の免許を取得する事の承諾を得ました。しかしながらこの免許取得の目的には実はその頃夢中になっていたオートバイへのあこがれが根底にあったのです。

当時は空前のレーサーレプリカバイクと呼ばれる高性能の二輪車がブームの真っ最中であり、ハイティーン世代にとってはそれぞれ憧れのバイクと言うのが幾つものメーカーからリリースされ、そんなメーカー同士も競い合っていた時代でも有りました。ご多分に漏れず、当時の私にもどうしても手に入れたいオートバイが有ったのですが、高校を出たばかりの仕送りだけが収入源の貧乏学生にとっては夢の世界のような話でも有りました。

2輪免許を取得し、憧れのオートバイをローンで購入

そんな日々を過ごすうちに思い付いたのが、まずは2輪免許を取得する事でした。現在では比較的簡単に大型二輪免許の取得も出来る時代になりましたが、その頃は限定解除と言って普通の自動車教習所では今の普通二輪免許、いわゆる中型免許の取得までしか現実的には国は取らせず、大型二輪免許はごく限られたライダーだけに与えられる特別なライセンスと言うものがまかり通っていた時代でも有りました。
何とか父に車とバイクの免許を取る事の許可を得た私は、程なくしてそれぞれの免許証を取得する時を迎えましたが、こうなると憧れのオートバイへの思いは募るばかりです。とうとう学校の帰りになると上野のバイク通りにある販売店に足しげく通い始める事になりました。
メーカーが発する殺し文句の一言が、そんな私の思いに止めを刺すのに時間はあまり必要なかったのは言うまでもありません。「限定000台」、店長から信販会社の帳票を出された私は後先の考えも無く、住所と名前と居候先の電話番号とを記入していました。憧れのオートバイの入手と同時に信販会社のローンの支払いがそれから3年間も続く事など、考える心の余分な部分など持ち合わせていない程舞い上がっていたと言った方が正確でしょうか。

納車から半年後窃盗事件に会い、空しくローンだけ残ることに

保証人には伯母が名乗りを上げてくれたおかげで、ローン生活と共に憧れのオートバイが共に有る生活が始まりましたが、それも長く続く事は有りませんでした。納車から半年位経ったある日の朝、何やら騒々しい声で起こされた私は自分のローンたっぷりのオートバイが盗まれている事を知らされました。そしてこれが警察へ届け出た人生初の窃盗被害の刑事事件としての体験談となりました。
同じ頃、オートバイ集団窃盗団による海外への不正輸出事件などが報道される事が有りましたが、私のオートバイが二度と手元に戻る事は有りませんでした。その後もローンの支払いだけが空しく続けられた苦い思い出です。